2006 オスカル・ペレイロ

2000年ポルタ・ダ・ラベッサ(ポルトガル)でプロデビュー。

2002年にスイスのファナックに移籍、ジロ・デ・イタリアに初出場し総合11位を獲得。翌年のツール・ド・スイスでは総合3位に入った。

2004年・2005年にはツール・ド・フランスで2年連続総合10位に入るなど好成績を残すが、2006年、ケス・デパーニュへ移籍した。

迎えた2006年のツールドフランスはペレイロはバルベルデのアシストでスタート。しかしエースのリタイヤ、そして13ステージでのエスケープ成功によりマイヨジョーヌを獲得してしまった。

その後、それまで総合1位だったランディスとのマイヨジョーヌの奪い合いが始まる。二人の間を行ったり来たりするマイヨジョーヌは19ステージでランディスのものとなり、総合優勝はランディスのものとなることが確定したはずだった。

しかし、全ステージ終了後のドーピング検査でランディスから禁止薬物が検出され総合優勝は保留される。その後1年以上に渡る審議の末ランディスが失格、ペレイロの総合1位が確定した。

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