1999〜2005 ランス・アームストロング(優勝資格剥奪)

※ランスアームストロングの7回の優勝記録は2012年に、ドーピングによる不正のため記録剥奪と裁定されました。

ランス・アームストロングはトライアスロンから自転車レースの世界に入ってきた。16歳でプロトライアスリートとしてデビュー。1987〜88年にはトライアスリートのランキング1位、1989〜1990にはアメリカ選手権のスプリントで2連覇を達成している。

自転車選手としては、1991年に全米チャンピオンに、バルセロナオリンピックではロードレース14位となっている。

1992年にプロデビュー。1993年のツール・ド・フランスでは早くも区間優勝を果たしている。

その後もツアー・デュポン優勝やクラシカ・サンセバスチャンなどでも優勝。世界ランク1位なども獲得している。

1996年10月2日、医師から精巣腫瘍と診断され、脳や肺に転移もみられると宣告された。幸い術後は順調だったが、所属チームだったコフィディスからは解雇された。

1998年USポスタルで活動を再開、ヴェルタ・ア・エスパーニャで総合4位に入り復活をアピールした。ヴェルタ・ア・エスパーニャはツール・ド・フランスよりも山岳が厳しいとされている。

1999年ドフィネ・リブレでステージ1勝・総合8位を獲得、その好調を維持してツール・ド・フランスに参加。プロローグなど4区間で優勝。2位にのツェーレに7分以上の大差で優勝した。

2000年はウルリッヒに6分以上の差をつけて優勝。

2001年、一時は35分も差をつけられたが逆転優勝。

2002年、ツール・ド・フランス4勝目。

2003年、ウルリッヒと激しいデットヒート。僅差での優勝。

2004年、天候不順で荒れるツール・ド・フランスの中、後半の山岳ステージで区間優勝を連発、結局チームタイムトライアルを含む区間5勝でインデュラインを超えるツール・ド・フランス6連勝を達成。

2005年、危なげない走りで総合優勝7回目、そして引退した。

2009年、現役に復帰。総合3位に入る。

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