2010 アンディ・シュレク

アンディ・シュレクはルクセンブルク出身。
自転車一家で、兄のフランク、父のジョニーも元自転車選手だった。
2003年、ジュニア時代のアンディはルクセンブルク国内選手権で個人マスドスタートロードレースと個人ロードタイムトライアルの両方を制覇。
実力の片鱗をみせている。

アマチュア時代のチームCSCの2軍を経て、2005年に同チームのプロへ昇格・契約した。

プロ1年目の2005年は、ルクセンブルク国内選手権のエリートクラス個人タイムトライアルで優勝。

2007年にはジロ・デ・イタリアで総合2位・新人賞を獲得、ロンバルディア1周では4位となりUCIプロツアー総合ランキングで15位となった。

2008年になると、兄のフランクやカルロス・サストレ(同年総合優勝者)のアシスト役を担う。
アルプスステージではパフォーマンスを発揮しエースをアシスト、ライバルたちの追撃を許さなかった。
また新人賞を獲得、総合成績でも12位と健闘した。

2009年は春先から好調を維持
アムステルゴールドレース10位、フレッシュワロンヌ2位、リエージュ〜バストーニュ〜リエージュ1位などクラシックレースで活躍した。
国内選手権マスドスタートロードレースでも優勝した。
続くツールドフランスでも総合2位となり、また2年連続の新人賞も獲得した。

期待された2010年。
ツールドフランス前の国内選手権で個人タイムトライアルで優勝、好調さをアピール。
ツールドフランスでは第8ステージアルプス越えのステージで区間優勝、同時にマイヨジョーヌを獲得した。
しかし、15ステージでマシントラブルから失速、コンタドールにマイヨジョーヌを奪われてしまう。
17ステージでは2回目の区間優勝を挙げるが、第20ステージの個人タイムトライアルで再び差を広げられてしまう。
最終成績では総合2位、そして3回目の新人賞受賞で終了した。

ところが、優勝したコンタドールがドーピング陽性判定(クレンブテロールによる)を受けてしまう。
2012年2月6日のスポーツ仲裁裁判所の判決より、コンタドールは2010年のすべての記録が抹消されることになり、その結果アンディが繰り上がりで総合優勝と決定した。
2012年5月29日、ツールドフランスの主催者であるアモリ・スポル・オルガニザシオン(ASO)はアンディに対し繰り上げ優勝の式典を行い、マイヨジョーヌを授与した。

2011年も好調を維持。
リエージュ〜バストーニュ〜リエージュで3位、ツールドスイスで山岳賞を獲得した。
続くツールドフランスでは、第18ステージで優勝。
翌日の第19ステージでそれまで総合1位だったヴォクレールからマイヨジョーヌを獲得したものの、第20ステージの個人タイムトライアルでこの年の総合優勝者となるカデル・エヴァンスに逆転され、最終成績では区間1勝・総合2位・山岳賞2位となった。

2012年、クリテリウム・デュ・ドフィネの個人タイムトライアルで落車。
仙骨の骨折を骨折したことを理由にこの年のツールドフランスは欠場した。

2013年のツールドフランスは総合20位でフィニッシュ。

2014年はアンディにとって不運の年となった。
ツールドフランス第3ステージで落車、そしてリタイヤ。
右膝の側副靱帯・前十字靱帯の部分断裂、半月板損傷、関節軟骨損傷といった怪我を負ってしまう。
これらの怪我を理由に、2014年のシーズン終了後引退を発表した。

Andy Raymond Schleck アンディ・シュレク
1985年6月10日生まれ
ルクセンブルク市モンドルフ・レ・バン出身

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