2013,2015,2016,2017 クリス・フルーム

クリス・フルーム(Chris Froome)はケニア・ナイロビ出身、現在はイギリス国籍。
ステージレースを得意とするオールラウンダー。

2006年

ツアーオブモーリシャスで総合優勝。

2007年

南アフリカ「コニカミノルタ」でプロライダーとして契約。
ツアーオブジャパンで来日し、日本CSCステージで優勝している。
より良いレース環境のためイギリス移住を希望。
祖父母の出身地ということが理由の一つとなっている。

2008年

イギリス自転車競技連盟へ登録を変更、所属チームは「バルロワールド」となる。

2009年

バルロワールドが解散。

2010年

バルロワールドと同じイギリスのチーム「チームスカイ」へ移籍する。

2011年

ブエルタ・ア・エスパーニャでは総合優勝のファン・ホセ・コーボに13秒遅れの総合2位となり注目される。

2012年

チームエースであるブラッドリー・ウィギンスのアシストとして出場したツールドフランスでは、ウィギンスを献身的にアシスト。
第7ステージでは優勝候補一人であるカデル・エバンスを残り1kmでウィギンスとともに追走、ゴールスプリントで勝利し区間優勝。
第17ステージでは、ウィギンスとの連携により総合3位のニバリを蹂躙、タイム差を広げウィギンスの総合優勝に大きく貢献した。
この年のツールドフランスではフルーム自身も総合2位で終了。

2013年

シーズン前半より好調を維持。
クリテリウムデュドフィネ総合優勝
ツールドロマンディ総合優勝
第100回記念のツールドフランスでは、フルーム自身が区間3勝の圧倒的強さをみせ、初の総合優勝を果たす。

2014年

シーズン前半はツールドロマンディ、ツアーオブオマーンで総合優勝。
ツール直前のドフィーネで落車、続くツールドフランスでも2度の落車に見舞われ、リタイヤに終わった。

2015年

好調維持した2015年。
ブエルタアアンダルシア総合優勝。
クリテリウムデュドフィネ総合優勝。
ツールドフランススタート前には、優勝候補4強に選ばれた。
第10ステージでの区間優勝で他の優勝候補に大きくタイム差をつける。
アルプスステージではキンタナに総合タイムを詰められたが守りきり、2度目の総合優勝と山岳賞も獲得した。

2016年

2016年のツールドフランスでは第8ステージ(ピレネー越えステージ)でカテゴリ1ペイルスルド峠のピークからエスケープ。
超高速のダウンヒルで後続とのタイム差を広げ、マイヨジョーヌを奪取した。
第18ステージの個人タイムトライアルでも区間優勝し、終始好調を維持、そして3度目の総合優勝を獲得した。
ブエルタアエスパーニャではダブルツールを目指したものの、残念ながら総合2位だった。

2017年

シーズン前半は、ヘラルドサンツアー総合6位、クリテリウムデュドフィネ総合4位など、まずまずの走りを見せる。
ツールドフランスでは第5ステージで区間3位となりマイヨジョーヌに袖を通す。
第12ステージで一度ファビオ・アルにマイヨジョーヌを奪われるが、第14ステージでアシスト不在のアルからマイヨジョーヌを奪い返す。
第20ステージの個人タイムトライアルを手堅く3位で走り、総合優勝を確定的なものとした。
ブエルタアエスパーニャでは第9ステージのクンブレ・デル・ソルへの登りゴールで区間優勝。
第16ステージの個人タイムトライアルでも2位に29秒差をつけて区間優勝。
山場の第20ステージ・アングリル頂上ゴールのステージでも区間3位と手堅く走り、ブエルタ優勝を確定。
このブエルタではポイント賞とコンバインド賞も合わせて獲得、ダブルツールも達成することになった。

その他

2013年のツールドフランスでは、あまりに強すぎるためドーピングの疑惑が浮上した。
しかしながら、陰性で疑惑を払拭した。

2014年には英仏海峡トンネルをタイムトライアル用のバイクをつかって、55分で走り抜けた。
これは所属するチームスカイと自動車メーカーのジャガーとのコラボイベントで、イギリスのフォークストンからフランスのコケルまで(約50km)を保守用のトンネルを使用して行われた。

2016年のツールドフランスでは、押し寄せた観客でフルームの前を走るカメラバイクが停車、フルームが追突してしまう。
自転車は使用不能となり、代替車が届くまでのあいだ、ランニングするというハプニングが起きた。

2017年のツールドフランスでは、区間優勝をひとつも獲れなかった。

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