2014 ヴィンツェンツォ・ニバリ

ヴィンツェンツォ・ニバリ(Vincenzo Nibali)は、イタリア・メッシーナ出身。
史上4人目の全グランツール制覇者。

2005年
ファッサボルトロでプロデビュー

2006年
リクイガスに移籍

2007年
ジロ・デ・イタリア第1ステージのチームタイムトライアルで優勝、総合成績では19位。

2008年
ツールドフランス初出場で総合20位。

2009年
ツールドフランス総合7位。特に山岳ステージで活躍し、新人賞争いで2位となる。

2010年
チームメイトのドーピング疑惑から、ジロ出場メンバーに抜擢。第4ステージから第6ステージまでマリアローザを獲得、第14ステージ優勝など活躍、総合成績でも3位となった。
この年はツールドフランスへは出場せず、ヴェルタへ出場。第8ステージまでにトップと2秒差の総合3位につける。
第11ステージでは総合2位へ浮上。
第14ステージで総合リーダーのアントンが落車・骨折によりリタイヤ、またその日のステージ優勝のロドリゲスに20秒遅れの区間2位で、その時点で総合1位となる。
第16ステージで一度は総合首位から転落するが、翌第17ステージの個人タイムトライアルで総合2位のモスケラに39秒差で総合首位を奪還。
第20ステージの山岳レースでもモスケラを終始コントロールし、区間2位。
ヴェルタ初出場で総合優勝を確定した。
また同時にコンビネーション賞も獲得した。

2012年
ティレノ〜アドリアティコでは第5ステージ優勝、そして最終の第7ステージで総合リーダーのホーナーに20秒差をつけ逆転、総合優勝する。
ツールドフランスではウィギンスとフルームに次ぐ3位と活躍。

2013年
アスティナへ移籍。
ティレノ〜アドリアティコではコンタドールとフルームを抑え2連覇を達成。
ジロ・デ・イタリアでは、第8ステージの個人タイムトライアルでステージ2位、総合リーダーに浮上。
第14ステージで総合2位エヴァンスとの差を広げ、第18ステージの個人タイムトライアル(山岳)でステージ2位のサンチェスに58秒差でステージ優勝。
この時点で2位エヴァンスに4分2秒差をつけ総合優勝を確定的なものとした。第20ステージでもゴール前3kmからの単独エスケープを成功させ区間優勝。
ジロ・デ・イタリア総合優勝を獲得した。

2014年
序盤第2ステージで逃げ切りでステージ優勝、マイヨジョーヌを手に入れた。
第9ステージで一度マイヨジョーヌをうしなうものの、翌第10ステージで区間優勝、マイヨジョーヌを奪い返す。
第13ステージでは残り7kmでスパート、前走者二人に追いつき、さらに残り3kmで単独エスケープを成功させ、区間優勝。
総合2位のバルベルデに3分37秒さをつけることになった。
第18ステージではのこり10kmでホーナーとランデブー、エスケープしていたニエベを追い抜き区間優勝。
第20ステージの個人タイムトライアルでも総合成績上位者に対して優位なタイムでゴール、総合2位のペローに7分37秒と大差をつけ総合優勝を確固たるものにした。
イタリア人によるツールドフランス優勝は1998年のマルコパンターニ以来となる。
また、この優勝によりグランツール全制覇を達成した。

2015年
イタリア選手権優勝後で期待されたツールドフランスでは、山岳ステージでリーダーのフルームに4分以上を失う。
第19ステージで逃げ切りの区間優勝はしたものの、総合成績では4位に終わった。
ヴェルタでは失格。
ジロデロンバルディアは独走で勝利。

2016年
不調でスタートしたジロ・デ・イタリアでは終盤第19ステージ総合2位へ浮上。
翌第20ステージでアタックが成功、マリアローザを奪取、自身2度目のジロ総合優勝を獲得した。
この年のツールドフランスはアシストとして出場、総合30位。

2017年
ジロ・デ・イタリアでは第16ステージ優勝、総合3位。
ツールドフランスは走らなかった。
ヴェルタでは総合2位。
シーズン終盤のジロデロンバルディアで優勝。

2018年
春のクラシック、ミラノ〜サンレモで優勝。
ツールドフランスは骨折によるリタイヤ。
イルロンバルディア(旧称ジロデロンバルディア)2位。

ヴィンチェンツォ・ニバリ(Vincenzo Nibali)
1984年11月14日生まれ
イタリア・メッシーナ出身

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